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The Essays of Maki Naotsuka

オンラインエッセー集

11 肉を、もっと肉を(御婦人方の小話) 2006.9.21 

初出:b覚書,2006

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Free Images - Pixabay

 この街に引っ越してきてから、デパ地下とサティとマルキョウをよく利用します。以前住んでいた日田市では、ダイエーに行けば事足りたのですが、ここではこの3つに足を運ばなければ、食料品か日用品かのいずれかに不足が出てきます。そんな利用の仕方をわたしがしているだけということかもしれませんが。

 その主要な買い物先の一つであるデパ地下のお肉屋さんの一つが閉店になるということで一昨日、出血大サービスをやっていました。

 ここで56年間営業していたと店主のおじさんはいい、うっすらと目に涙を浮かべました。事情があってやめるのだそうです。そんな短い話を交わすあいだに、人だかりは膨れ上がる一方で黒山となり、おじさんとわたしは思わずそちらに目をやりました。

 ポークでもビーフでも、半額なのでした。上等のステーキ肉でもね。わたしの行きつけのお肉屋さんでした。閉店になるというショックで、ぼんやりとしながら、ハイエナのように肉にたかる中年女性たちを眺めました。

 若い女性も、男性もいましたけれど、多いのは、わたしと同じ年恰好の主婦らしき中年女性たちでした。勤め帰りの人も、専業主婦も、ブルジョアも、庶民もいたでしょう。とにかくもう、芋を洗うような騒ぎでした。

 わたしは久しぶりにビーフストロガノフをしたいと思って、肉を見にきたのでした。買いに、というよりは見に。ビーフストロガノフをするのに丁度いいような肉が安くなっていなければ、諦めて別のメニューにするつもりでした。

 ところが、ビーフストロガノフにぴったりの牛肉が、何といつもの半額なのです。が、何となく黒山の中に入って行く気になれず、隣にもあるお肉屋さんで豚のミンチを買って帰りました。

 それにしても、と考えました。店主のおじさんはあの光景を見て、どんな心境だったのだろうかと。

 おじさんはお客の誰彼となくつかまえては、わたしに話したようなことを語りかけていたのですが、ほとんどのお客はろくに聴くでもなく、ショーケースの中の限りある肉に両眼が吸いついていました。

 別にこの街の中年女性が特にパワフルであるとか、がめついなどということはないと思います。むしろクールなおとなしい印象で、ちょっと何か訊ねても感じのよい答えが返ってきますし、地方の小都市にしては服装のセンスもいいほうなのではないでしょうか。わたしはこの街がとても気に入っています。

 だからこそ、黒山の中年女性たちを見て、わたしは思ったのです。汝よ、おまえもか……と。

 有能な主婦はこうでなくてはならないのかもしれません。戦時下の食糧難にあって、家族を飢えさせずに済む買い出しの名手には、こういった人たちがなるのでしょう。いや、わたしだって、いざとなれば有能になれるのかもしれません。

 今のところは思わず引いて、観察してしまう自分がいます。でも、考えてみれば、文学賞への応募だって、似たようなものですね。

 同質のパワーでもって、賞に群がるわたしたちはハイエナ。賞も肉も同じです。こと文学となると、結構わたしも食いつこうとしてきたと思っていますが、さすがに体力の衰えを自覚するようになり、ちょっと引いてしまうようになりました。

 あのとき――坂東玉三郎の舞踊公演に出かけたときのことも、忘れられません。あれは北九州市でのことでした。

 わたしは前方左寄りの席にいました。舞台は今まさにクライマックス。

 そのとき、どういうわけか、わたしは後ろを振り返ったのでした。圧倒的な視線のパワーを感じたからかもしれません。そのときの光景は、忘れようにも忘れられません。やはり中年女性が多かったのですが、まるで全員がたった一つの顔になったかのようでした。

 そして、その表情ときたら……! それは結構な見ものでした。

 好色なときの中年男性とも見分けがつかないような、したたるような顔つきなのです。好奇心と、わたしにはよく性質の呑み込めなかったたぐいの何らかの欲望とで両眼を輝かせ、微笑――というよりは、ほくそ笑みを湛えて舌嘗めずりをせんばかりの顔、顔、顔……。

 舞台上の玉三郎は、眼で、しっかりと犯されていました。気の毒に……。