The Essays of Maki Naotsuka

オンラインエッセー集

27 公園デビューしたハムスター 2006.7.8

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クリスマスを数日後に控えた、ある冬の日のこと。夫と子供たちはペットショップへ出かけた。

その頃、ゴールデンハムスターが人気を集めていて、子供たちは飼いたがっていたのだ。わたしは嫌だった、ネズミを飼うなんて。

子供の頃に家政婦さんから、彼女が寝ているときに足を齧られたという話を聞いて以来、ネズミは嫌だったのだ。世話だって、そのうちわたしにまわってくるに決まっている。子供たちは「ネズミじゃないよ、ハムスターだよ」といったけれど。

ペットショップにいつもハムスターがいるとは限らないと聞いていたので、そのことに望みを賭け、家で待っていた。寒い日だった。やがて3人が帰ってきた。

あーあ、ハムスターが一緒に帰ってきた……とわたしはがっかりした。娘と息子は興奮気味、夫は気の毒そうな顔をしてわたしを見、いった。

「一匹だけ、いたんだよ。リンゴの側に、ムスッとした顔で。それでいいんですか、とペットショップのおばさんにいわれたんだけれど、せっかくだから買ってきたよ」

わたしもムスッとして、ハムスターを見た。わあネズミ……と思いながら。でも、ネズミのような長い撓うような尻尾は見えない。ネズミの体の中で一番苦手だったのが尻尾だったので、少し気が和らいだ。

ところが次の瞬間、触ろうとした息子の指をハムスターが咬んだのだ。したたかな咬みかたで、息子がハムスターを手から振り落とそうとしても、咬みついたままだった。血がポタポタと落ちた。

何てケダモノが来てしまったんだろう、と思った。今思えばハムスターは恐怖で死に物狂いだったに違いない。どのハムスターも、ペットショップからうちに連れ帰ったばかりのときには鳴いた。

よほどの恐怖だったのだろう。鳴くのは、そのときぐらいだったから。
チューチューというのは、聴いたことがない。鳴き声はそれぞれ違った。蝉みたいにジーというのもあれば、ゲゲッというのもあった。そして、うちにやって来た初代のハムスターは、鳴く代わりに咬みついたというわけだった。

そのうち、床を歩き始めたハムスターから、コトコトという音が聴こえてきた。夫が確かめてみると、右脚が途中からないことがわかった。毛の中から白い丸い骨の先が見える。

それが先天的なものか、後天的なものかは、わからなかった。が、少なくとも、つい最近脚を齧りとられたようには見えなかった。歩くのにも不自由はなさそうだ。

「あー、だからペットショップのおばさん、それでいいんですか、っていったんだ。片脚がなかったんだな、こいつには」「とり替えてきて! いいえ、返してきてよ!」「そんなことできないよ、今更」

そう、夫がいうように、返品するというわけにはいかないことはわかっていた。生き物を、いらないからといって返せるわけがない。

そうこうするうちにハムスターの姿が見えなくなった。慌てて捜すと、ソファの陰にいた。綿玉のようになってうずくまり、しきりに顔を洗っている。

身の周囲に10粒ほどの糞を撒き散らしており、心底驚いたような顔でわたしを見上げた。ソファの陰で心細かったのだろうか、先ほどまでの尖った目つきとは異なる普通の目をしていた。

ハムスターとわたしは見つめ合った。目は口ほどに物をいうという言葉がありますけれど、本当だったわたしたちはこのときから、切っても切れない仲となったのだ。

何時間も一緒に昼寝ができたのは、クッキーと名づけられたこのハムスターとだけだった。わたしはその頃から病気で、雑事をこなす合間に暇さえあれば横になっていたのだが、同じ座布団にわたしの頭とクッキーをのせて眠った。

どれだけ寝ても、いつもわたしのほうが先に目覚めた。先に目覚めたクッキーが、二度寝することがあったのかもしれない。

話は戻るが、クッキーがわが家の一員となった数日後にクリスマスがやってきた。

クリスマスケーキとスモークダックを注文した店に受け取りに行き、大皿にご馳走を飾りつけているうちに、クッキーの肉食の度合い――パーセンテージが気になってきた。

ハムスターは雑食というから、何パーセントかは肉食なわけだ。ネズミに足を齧られたという子供の頃に聞いた家政婦さんの話やハムスターは共食いするという話が、気になって、不安で、仕方がなかった。

家政婦さんの足はまさか食べられかけたわけではなく、驚いたクッキーが息子を咬んだような具合だったのではないかと推測はしたものの、いや、本当のところはわからないとわたしは思うのだった。

もしネズミが家政婦さんの足をちょっといただこうとして近づいたのだとすれば、ハムスターだって……などという疑いが、空想が、ホラーじみて膨れ上がってしまう。

わたしはスモークダックの切れ端で実験してみることにした。

さて、ハムスターはスモークダックの切れ端を食べたか、食べなかったか? 回答――食べなかった。

というより食べる食べない以前の問題で、全く目に入らない様子だった。何度ハムスターの目の前に肉の切れ端を置いてやっても、通行を阻む障害物としか認識していない様子なのだ。

性懲りもなくハムでも試してみた。実験結果は同じでした。実験でおなかが空いたわたしの方が、ハムを2枚ほど、むしゃむしゃ食べた。

これは今考えれば、当たり前といえば当たり前の話だ。ハムスターが本来雑食性であっても、ペットショップで与えられていた餌は、果物と種子だった。ペットショップでの食生活が習慣化していたのだろう。

ともかく、わたしは実験結果に胸を撫で下ろした。もうこれで、たとえハムスターを放し飼いにしたからといって、自分や家族の身の肉を食料として齧りとられるのではないか、などという心配はしなくてもよくなったわけだ。

この初代ハムスターのクッキーを飼い始めた頃は、まだハムスターに関する本はあまり出ていなかった。ネットも普及していなかった時代だ。ハムスターグッズも、ほとんど見かけなかった。それでわが家でも、周囲でも、ハムスターの飼い主は大方が試行錯誤の中で飼っていたように思う。

ペットショップのおばさんに訊いたところでは、そこで売られているハムスターはニュージーランドで交尾させて生まれた子供という話だった。クッキーはニュージーランド生まれなのだが、ゴールデンハムスターの原産地は、東ヨーロッパやシリアなど中近東の岩の多い沙漠だそうだ。

その後、煮干、茹で卵、チーズ、茹でた鶏肉などを餌箱に入れてみましたが、いずれも手つかずのままだった。ペットショップではリンゴの側にいたという夫の話だったけれど、リンゴも好まなかった。リンゴが嫌いだったのはこのハムスターくらいで、後から飼ったハムスターは一匹残らずリンゴが好きだった。

クッキーが好きだったのは、ヒマワリの種、パンのかけら、豆腐、ハチミツだ。死ぬ前には老衰のような感じになり、消化機能の衰えが見られたが、豆腐は最期までよく食べた。

わたしたち家族は、クッキーと2年間を共にした。ある日の彼の様子をスケッチしてみよう。

小雨のそば降る中、白木蓮の木にはふくよかな花が咲いている。午後3時の家々の窓は瞑目している。春は♂にとっては悩ましい季節なのだろう、クッキーはパンパンに張った♂の生殖器を抱いて、眠っている。あえかな、厳しい、不思議な表情をしている。

夜になると、クッキーは起床し、丹念に洗顔と毛繕いをする。ここでもクッキーの独創性は発揮されていた。後から飼ったハムスターは自分の唾で毛繕いした。クッキーは違った。

野菜についた水や給水器から滴る水のしずくを手につけ、それでよく毛を撫でつけていたのだ。ポマードをつけるおじさんにも似た仕草は、忘れようにも忘れられない。

ある朝、急に思い立って、クッキーを公園に連れて行った。好奇心の強い子なので、喜ぶだろうと思ったのだった。

クッキーの公園デビューに選んだのは、アパートからほど近い、比較的大きな公園であった。

わたしとクッキー以外、誰もいなかった。小学生が学校から帰る時間になると、公園は賑やかになるので、午前中を選んだのだ。

公園に入って、低い草のあるところに下ろすと、クッキーは瞬間的にのけぞり、心底驚いた表情を浮かべた。

恐怖の表情ではなかった。「おお、何て広い世界なんだ!」と、クッキーの表情は物語っていた。そして、まるで学者のような顔つきで、草や小枝をじっと見つめたり、齧ってみたりした。

うちで飼ったハムスターは全部で11匹だった。クッキー、ココア、コーヒー、アーモンド、ミルク、レモン、メイプル、ポム、ノワール、ショコラ、フレーズ。ポムはレモンとメイプルの子だった。ショコラとフレーズは小型のジャンガリアンハムスターだ。他はゴールデンハムスターだった。

どの子もそれぞれ可愛らしく、性格も違いったけれど、クッキーは明らかに他のハムスターとは違っていた。わが家に暮らしたハムスター一族の長老――というにふさわしい器だったように思う。