19 欧風料理店にて、ロートレックの絵に描かれたジャンヌを想う 2006.11.10
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休日だった娘と待ち合わせてランチに行きました。前に一度行ったお店です。
本当は娘と同じく休日だった夫も一緒にイタリア料理店に行くつもりだったのですが、残念なことにそこは移転のため、閉店となっていました。夫は急用ができて、一緒に行けませんでした。
お気に入りのお店が一つ行動範囲から消えたことにがっかりしましたが、食材の新鮮さに打たれた欧風料理店にまた行ってみることにしました。
メインは鶏のもも肉を使ったフランス風の料理で、肉がしっかり叩かれてのばされ、すっかり平べったくなっているのには感心しました。わたしに料理されて分厚いままだった胸肉とは大した違いです。そして、ソースがかかっていても、表面はカリッとしています。わたしのカリッとは違います。
硬いカリッではなくて、もっと繊細なカリッなのです。火の通し方、フライパンの使い方、粉のつけ方が全然違うことを感じさせます。さすがプロだな、と思いました。サラダ、フランスパン(かライス)、コーヒー、デザートのコースで、1,050円でした。
フランスパンについていたバターも美味しかったし、デザートのお皿にはチョコレートのクラシックケーキ・イチジクのムース・栗のアイスクリームがのっていましたけれど、イチジクのムースと栗のアイスクリームは繊細な味わいでした。
デザートの量も、見た目にはわたしには多いと思えたのですが、甘すぎず、軽い味わいのためか、丁度いいくらいでした。
ずいぶん小さな写真ですが、料理店の壁際の写真です。
向かって一番右にあるワインの壜は、かなり大きいです。店内には、もっと大きなものもありました。そして、ロートレック*1のポスターの写真。
わたしはこのポスター『ディヴァン・ジャポネ』の原画を、2001年の初めに美術館の「ジャポニスム展」で見ました。そのときの神秘的な体験は忘れられません。
ロートレックがディヴァン・ジャポネという名のバーのために描いたこのあまりにも有名なポスターは、有名すぎるという理由とポスターという理由から、当時わたしは大して興味がありませんでした。
ところが、予想に反して、そのポスターの前を素通りするどころか、それがある美術館の部屋に入ってすぐにそれに釘付けになり、ほかの絵すべてを忘れ果ててしまうほどでした。
近づいて見たとき、そのポスターから、浮き上がるようにバーのざわめきが聴こえ、また沈みました。え、と思ってポスターを眺め、次いで、あたりを見回しました。部屋の中は、ざわめきがするような感じとは無縁のしずけさでした。幻聴だったのでしょうか。
結構変った体験をしてきたわたしにとっても、あれは不思議な出来事でした。
大きく描かれた黒衣の女性のシックなこと。人生に疲れたような、だからといって人生を投げてなどいない気品が、原画には刻印されていました。
女性の頭の先から腰のあたり、肩や胸の線、指先、腹部から膝にかけて、お尻の線も、何度となく見つめ、辿らずにはいられませんでした。
帽子、髪型、衣装……若くは見えない、美貌に描かれているでもない、しかも簡略化されて描かれたこの女性がなぜこれほどの魅力に包まれているのか、ただならぬ魅力の出所が知りたくて、長くポスターの前を動けませんでした。
女性が身につけている黒衣の芳しさ。ポスターのただの黒い色がなぜこうも精気を発散しているのかが、わかりませんでした。女性の不自然な姿勢が、逆に絵に安定感を与えているような緊張感。
顎の尖った、無造作に縮れて頭部を包んでいる茶色い髪、痩せていて、肩の線やお尻の線は角ばっています。もう若くはないからか、結構あるようにも見える胸のふくらみは下に向けて傾斜し、腹部はこころなしかふっくらしているように見えます。
膝から下は見えないけれど、太ももから膝にかけてはすんなりと長く、全体に漂う締まった優美な感じから、この女性が知的で、趣味も悪くないだろうことが窺えました。この女性、一体何者なのでしょうか。
ジャンヌ・アヴリル。ムーラン・ルージュというキャバレーでカンカンを踊っていた女性で、イタリアの貴族を父に、フランスの高級娼婦を母にうまれた私生児だったということです。
ポスターのモデルとなった頃はまだ彼女は若かったはずですが、中年女性のように描かれています。波乱の人生を送って、亡くなったようです。
ポスター『ディヴァン・ジャポネ』、1892年
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